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Pandora-Itacaré

 真っ黒に日焼けしたサーファー達がマイボードを担いでいる姿がちらほら目につく。波乗りのメッカ目的地のItacaréに到着。気分は上々。

 

 さっさと重たい荷物を宿に下ろしてサーフィンをしようと、予約していた宿を探す。が、見つからない。散々町中ウロウロ彷徨ってようやくたどり着いた。

 

 綺麗に手が行き届いた庭には熱帯植物が生い茂る。木造3階建てで6角形の形をした珍しい建物だった。高床になっていて階段を上るとレセプション件ラウンジ。

 

 宿の名前はパンドラ。ギリシャ神話のパンドラの箱からは全ての災いが飛び出し最後に箱に残ったのは希望だった。

 

 希望は人間にとって災いなのかどうかは関係ない。サーフィン初心者の僕にとって希望はグッドウェーブをキャッチするために必要なものだったので宿を選んだ。ここら辺の宿で一番安かったし。

 荷物を下ろし受付を済ませる。受付をしてくれたエドワルドの他にハンモックに横たわってギターを弾いている男がいた。水をもらいハンモックに横たわる。既に大分疲れていてサーフどころじゃなくなっていた。しばらくして、もう一人男がラウンジにやって来る。

 

 テーブルにセットを広げ巻き巻きし始めたかと思うとあっという間にジョイント2本巻き上げる。男の名前はルーカス。サンパウロからサーフィンバケーションに来たそうだ。一緒に吸うかと聞かれオフコースと答える。ウェルカムジョイントだ。これは幸先が良い。

 

 ハイになったら元気が出たのでルーカスとギターを弾いていたヤンと一緒にサーフィンに行くことにする。そんなにハイで波なんか乗れるわけないよ初心者なのにとヤンが笑っていた。

 40分くらい歩きようやくジャングルを抜けると白い砂浜のビーチがばーーーんと広がりいい波が立っていた。が着いた時にはもうへとへと。しばらく二人の様子を浜辺で眺めていた。二人とも初心者みたいでなかなかポイントまで辿り着けず、1時間くらいすると二人とも浜に上がってきた。ボードを借りて海へ入る。水は驚くほど暖かい。

 

 サーフィン経験は、10年前にサーフィンバカの友達が千葉の鴨川に住んでいて、その時に2週間ほどサーフィン合宿をしたくらいだった。そのとき教えてもらったドルフィンスルーを試すがうまく波をくぐることができず波にまかれる。海水をしこたま飲んで30分くらいで早々と浜に上がる。

 

 浜に上がるとルーカスが2本目のジョイントに火をつけていた。それを吸ったらもうまったりサーフィンどころではない。最高の波を目の前にして、なんやらかんやらどうでもいい話で盛り上がる。丘サーファーとはまさにこのこと、その日はすがすがしい敗北感とともに宿へ帰宅した。

 次の日から2週間サーフライフ。毎日を、波に揉まれて過ごす。初めの方、波を待つポイントがわからず、ローカルサーファーに怒られ海から弾かれたりもした。

 

 サーフィンは危険なスポーツだ。大けがしたり下手をすると命取りになる。周囲への配慮は常に心掛けないといけないし。波の横取りなどは絶対してはいけない。何事も大切なのは感謝の気持ちとリスペクト。

 

 イタカレには7か所くらいサーフポイントがあるがその中でもインターナショナルのサーフィン大会が毎年行われるティリリカというビーチが一番サーファーのレベルが高いし、いい波が立つ。

 

 ここで波をキャッチできた日は何とも言えない喜び、それこそ生涯忘れられない思い出になった。おまけに空に虹まで掛かってこの日は祝福された。

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